前頭葉と「知性」「人間らしさ」の関係がポイントになる
一時期や流行した「脳トレ」。ドリルや百マス計算、数独、ニンテンドーDSなどのソフトなど。脳を鍛えたいと思っているひとはいつの世も多いようです。
脳のトレーニング部位としていちばん人気があるのは、前頭葉です。前頭葉とは、文字どおり大脳の前のほうにある、額のうしろあたりの部分です。この前頭葉の役割を、前頭葉に障害を被った実在する症例から見ていきましょう。
実物を見る機会がなかったのですが、ハーバード大学に興味深い人間の頭蓋骨が置いてあります。前頭葉に大きな穴が開いている骸骨で、脳科学に携わっている人間で知らないひとがいれば、モグリといっていいくらい有名です。
この頭蓋骨は、フィネアス・ゲージというひとのものです。1848年に工事用のダイナマイトが爆発し、太さ約3センチ、長さ約1 メートルの鉄の棒が、ゲージさんの頭蓋骨を突き破って、前頭葉を貫通してしまったのです。
幸い生命はとりとめたのですが、この負傷から回復したあと、彼はまったく「人が変わって」しまいました。前頭葉のダメージにより、親切で有能、勤勉な性格から一転して、短気で慈りっぼい人格に変化してしまったのです。
このように、前頭葉には「人間を人間たらしめる」重要な機能が揃っています。知性、意欲、倫理観、情緒、思考、理性、遂行能力などなど、前頭葉機能を指す用語を挙げると、枚挙に暇がありません。もちろんどれもビジネスに大切な能力ですが、ここでは特に遂行能力に注目してみましょう。
前頭葉のはたらきが阻害されると料理が下手になる?
カナダの脳外科医、W・ペンフィールドは脳の研究・治療に携わっていて、知らないひとはいないといっていいくらい有名です。彼は大脳皮質に電気刺激を与え、大脳皮質の中で手の動きは脳のどの部分で、足の感覚はこの部分… …と詳細に調べ上げ、「脳の地図」を作り上げたひとです。
その脳外科医のペンフィールドのお姉さんの前頭葉に、ガンが見つかりました。前頭葉にできた腫瘍の切除手術を行って一命を取り留めましたが、大きな後遺症が残りました。
なんと彼女は得意だった料理が、できなくなってしまったのです。料理というのは、実はなかなかに高等で複雑な作業です。献立を考え買い物をし、調理をするわけですが、調理の手順も大切です。盛り付けや飲み物とのマリアージュなどにも気を配らねばなりません。
だからこそ、この女性は、前頭葉障害によって料理という順序だった行動の組み立てもできなくなってしまったのです。同時進行でも行うには、前頭葉が関係する「ワーキングメモリ」という記憶構造が関わっています。
ワーキングメモリとは、一時的に情報を記憶する機能なので、何かをしながら、同時にはかの情報処理も行うことが可能です。たとえは乱暴ですが、コンピューターのメモリに似ています。あまり多くの情報処理を同時に行っていると、重くなってフリーズします。
ワーキングメモリは寝不足だとうまくはたらかない
さて、睡眠不足になると、前頭葉機能の中の「ワーキングメモリ」はどうなってしまうのでしょうか?睡眠とワーキングメモリについての研究では、シンガポールのデューク・ナショナル医科大学のマイケル・チ一教授の研究室が世界的に有名です。
彼は機能的MRIという画像検査を使って断眠研究を行っているのですが、断眠させるとワーキングメモリははたらかなくなってしまい、前頭葉の活動も落ちてしまうという研究結果を、多くの学術雑誌に発表しています。
断眠グループでは、前頭葉の活動性は落ちてしまっています。このように、睡眠不足の状態では、前頭葉の重要な機能である「ワーキングメモリ」のはたらきが低下してしまいます。料理などの家事、ビジネス、それにわたしの仕事である医療も、ワーキングメモリが十分にはたらかないと、致命的です。奥さんの寝不足でどはんがまずくなる、というのも、科学的にはありうることなのです。
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